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目が離せない
「まだこんな時間か。ユリはどこか行きたいところある?」
「いえ、特には。」
「とりあえずさ。」
「・・・・・?」
「着替えに戻ってもいい?」
「あ、そうですね。」
私の両親に会うため彼は紺色のスーツを素敵に着こなしていたが、二人でデートとなると硬すぎる。
彼の家まで遠くないし着替えはすぐに出来るからと、車は走り出した。
車を運転する彼が、私は好き。
ハンドルを持つ手は細く少し血管が浮き出ていて、まっすぐな長い道を走り出すと、その手は私の手を探しだす。
「お手」みたいに私が手のひらを出すと、チラッと横目で確認して微笑みながら指を絡ませる。
この車に乗るときはいつも私服だけど、今日はスーツの彼が横にいる。社内で会う彼はいつもスーツで見慣れているはずなのに、狭い車のなかで二人きりでいると、その横顔が何故か違って見えた。
それだけでドキドキしている私は、大概この人に夢中なのだと一人で考えて、笑った。
氷室さんの家の駐車場まで来て車を停めると、彼はネクタイと喉の間に指を入れて緩めながら、動く気配がない私をじっと見る。
「着替えるよ?」
「はい。どうぞ?私はここで待っています。」
「何で?ユリも来てよ。」
「私は着替えませんから。ここで・・・」
「やだ。」
「・・・・・。」
「あ、俺に襲われると思ってる?」
「・・・・・。」
「襲うけどね。」
「・・・・もう。」
「はははっ、嘘だよ。大丈夫、襲わねぇよ。ほら行くぞ。コーヒーを飲みたいから、淹れてよ。」
「・・・はい。」
私は渋々車のドアを開けて、彼の後に続いた。
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