3-33

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私は地竜の背中に跳び乗った。 立ち上がると5メートルはあろうかという地竜の背中はすごく大きい。 所々に突起があり、掴まるのに大した支障はなかった。 「ほら、アーバンさんたちもっ」 「えぇえっ!? ……い、いや……私は遠慮しておく……」 ほれほれと手招きする私に、驚き大げさな素振りを見せた後、アーバンさんはそっぽを向いた。 そんなアーバンさんの様子はまるで――。 「なんだよ、怖いのか? アーバン。騎士の隊長ともあろうものが、そんなんでいいのかねえ~」 「いやっ! ち、違いますっ! 自分はただっ――」 「ただ? なんだよ」 「――じ、自分の足で……歩くべきかと……」 吐き出すようにそう呟くアーバンさんの表情は明らかに図星だった。 何それ? 地竜に乗るのが怖いとか、ちょっとかわいいんデスケド。ぷくくく……。 「はあ? 地竜に乗った方が速いんだし、んなわけねーだろ。俺は乗るぜ? 早くしろよ。早くしねえとシーナの――」 アーバンさんの行動にほくそ笑む私を横目に、レイノールさんはアーバンさんに何か耳打ちをし始めた。 こしょこしょと耳元で話しているものだから内容まではよく聞き取れない。最初の方で私の名前が聞こえた気がするのだけれど――。 レイノールさんがアーバンさんの耳に入れた言葉は効果覿面(こうかてきめん)だったようで。みるみる内にアーバンさんの顔色が蒼白になり、次の瞬間には勢い込んで地竜の背中によじ登ってきた。 「さっ……させませんよっ!? そんなことっ!」 「ヒッヒッヒッ。純だねえ~」 焦るアーバンさんの後ろで下卑た笑みを浮かべているレイノールさん。 すっごく楽しそうに見えるけれど、その卑猥な笑みで私の方を見るものだから背中に寒気が走った。 「シーナッ、大丈夫だっ! わ、私がお前の後ろに乗るからなっ」 「はあ~??」 よく分からないことを口走りながらアーバンさんは地竜の背中に乗り、私の後ろを陣取った。 その後ろを楽しそうにレイノールさんがついてくる。 「……変な人たち」 私は今一得心が行かなかったけれど、まあいっかと前を向く。 するとそこには嬉しそうなパトルノの満面の笑みがあった。 「ふふふ……シーナさんは幸せ者ですね」 「??」 それだけ言うとパトルノは地竜を走らせた。先程よりは緩やかな速度で。 たぶん私たちが慣れるまでそうしてくれているのだろう。 しかしそれより気になるのは先程の事の顛末だ。 パトルノはきっと獣人の特性を活かして全てを察したに違いない。 それで全て理解した上でのあの発言。 なんかすっごく気になるんデスケド。 私も獣人みたいに頭で考えてること全て分かっちゃったら楽なのに。あれこれいちいち悩まずに済むんだろうし。 ――たとえば工藤くんが何考えてるのか、とかさ。 「――っ」 そこまで考えて、私は首を振る。私は一体何を考えているんだっ。 「どうした? シーナ」 「え!? あ、いや……別に」 後ろに乗るアーバンさんに怪訝な顔をされてしまった。私はふい~と短い息を吐く。 ――人の心が読めてしまう。 改めて考えると、それはそれでツラいこともあるのかとも思う。 だって心で思ったことって必ずしも好意的なものばかりじゃないかもしれないし。 笑顔の裏でディスられでもしたら私、精神的にかなりダメージ受けそうだもん。 そう考えると人の思考が読めるというのは、そこまでいいとは言えない。むしろツラいことの方が多い気さえするのだ。 「うわっ!?」 「――っ?」 突然後ろからアーバンさんの焦ったような声が聞こえる。 その様子に私は思わず笑んでしまう。 「――ふふ……やっぱり怖いんだ」 いたずらっぽくそう言うと、アーバンさんは鼻息荒く、顔を真っ赤にした。 「ち、違うっ! こ、怖くなんかないぞっ!?」 焦る様子がいつもと雰囲気が違っておかしくて。私は再び彼に気づかれないようにくすりと笑んだ。 「私の腰、掴んでれば?」 「――は……はああっ!??」 「いや、そんなに驚かなくてもさ。私こういうバランス感覚、けっこう優れてるみたいなのよ。今くらいの揺れだと全然大丈夫なのよね。それにさ、そうしてくれた方が私としても更に安定するのよ」 「し――しかしだな」 ふむ、何を考えることがあろうか。 私としては何てことはない提案だったのだけれど、アーバンさんはどことなく気まずそうにしていた。 じゃあなんでわざわざ私の後ろに乗ったのよと思わなくもない。 先ほどのレイノールさんとのやり取りに関係があるのだろうか。 なんか益々分からなくなる。 「いいんじゃねえ? 俺もアーバンの腰持ってるわ。ほら、シーナのソコ、触っちゃえよ?」 「レイノールさん、変な言い方しないで」 横槍を入れる彼を制すると、レイノールさんは降参とばかりに肩をすくめた。 ったく、ほんとにこの人は。 すぐ変な方に持っていこうとして。やりにくいったらありゃしない。 アーバンさんはそういう人じゃないっていうの。 私はもう一度アーバンさんの方ををちらっと見やる。 「ほら、私がいいって言ってるんだから。ここ持って」 なおも逡巡しているアーバンさんの手を掴み、自分の腰へと持ってきてあげた。 掴んだアーバンさんの手は温かくて。こんなに寒いのになあと思う。 男の人の手って温かいものなのかな。 女の子ってほら、冷えに弱いし。 私はいつも手先が冷たくなりがちだから、ちょっと羨ましい。あ、心は陽だまりのような温かさを持ってるけどねっ! と付け足しておく。 「う……うむ」 アーバンさんはというと、ようやく曖昧な返事を一つだけくれて、それ以上何も言うことはなかった。 「――くちゅんっ」 代わりと言ってはなんだけど、私の口からくしゃみが漏れる。 夜中でだいぶ冷えているのにあまり動いていないせいだ。 割と寒さをごまかせなくなってきたみたいだ。 「――ほらっ」 「ん?」 そんな折、肩から何かを掛けられた。 ふわりと温かな感触が肌にほんのり心地よい。 言わずもがな、やったのはアーバンさんだ。 「マント?」 「外套だ、馬鹿が。普通はもっと厚着してくるものだろう」 そう言いぶっきらぼうに答えるアーバンさん。 どうやら彼が来ていた体を覆う厚手の布――外套を脱いで私に被せてくれたらしい。 アーバンさんが着用していたからだろう。中はかなり温かかった。ぬくぬくだ。 「旅をするなら外套くらい常備しておくものだ」 またまたぶっきらぼうに答えるけれど、彼の優しさは十分すぎるほど伝わって、その温もりに私はほんのりとした気持ちになった。 「ひひっ……ありがと、ナイトさん」 笑んで思わず口から溢れた言葉に、アーバンさんは横を向き、ぽりぽりと鼻先を掻いた。きっと照れているのだ。 「そっ……その呼び方はやめ――う、うわっ!!」 「うにゃっ!?」 お礼を述べた矢先、私の腰から手を放したアーバンさんがまた後ろでバランスを崩しそうになった。 慌てて掴まれた腰に回した手に力が込められて、思わず変な声が漏れる。流石に今のは恥ずかしい。 「す、すまない……」 「い、いいけど。ちゃんとしっかり掴まってて」 「う、……うむ」 「へへっ、若いってのはいいねえ~」 そんな私たちの様子を見ながらだろう。後ろのレイノールさんから皮肉混じりの言葉が浴びせられる。 無視無視。今のは絶対無視し続けよう。 私は後ろを振り返らず前を向いたまま。 彼の温もりに包まれながら、頬がほんの少し熱くなっていたのは内緒にしようと思ったのだ。
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