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「━━これはどうやらグレイウルフの毒にやられましたな」 私達はあの後すぐに村の中へと入れてもらい、ネムルさんという村長の元へと通された。 村人達はTシャツや短パン、ワンピースといった格好の私達を見て怪訝な表情をしていたが、丸腰だったし、怪我人も抱えていて敵意はないと判断してくれたようだ。 そもそも余所者を敵と見なしたりする思考があるのかどうかも分からない。 そもそも私達の国であればそんな事は考えない。 そう思えば先程の門番に対する自身の警戒も、過度だったように感じた。 「治せますか?」 美奈は今この場所、ネムルさんの孫娘のメリーさんの部屋のベッドに寝かせてもらっている。 息遣いは荒く、辛そうだ。 「……治す手段はありますが……危険ですぞ?」 村長は私達を試すような目を向けてきた。 一瞬ちくりと胸に緊張感が走る。 私は膝の上の拳を強く握りしめた。 「構いません。方法を教えて下さい」 固い意思をもって村長にお願いした。 じっと私の瞳を見つめるネムルさん。逸らしてはいけないような気がして私は彼の瞳を一層強く見つめ返した。 ネムルさんはやがてふうと短いため息を吐き、椅子に座りなおした。 「……その前に、あなた方は何者なのか教えて頂けませんか? あなた方は皆、この辺りでは見ない変わった格好をしておられる。それにこんな辺境の村にその装備で一体どうやって辿り着いたのでしょうか」 私はこくりと唾を飲み込む。 「はい。……事情を説明させていただくつもりなのですが……話して信じてもらえるかどうか。あと、私達も現状がどういうことなのか把握しきれてはいないので、先に少しだけ質問をさせて頂いてからお答えしても構いませんか?」 美奈のことを少しでも早くなんとかしたい気持ちもあるのだが、自分達には情報が少な過ぎるのだ。 それに話し合いを進める上でお互いに安心して臨みたいのは山々だ。 「……なるほど。けっこうです。では、お聞きしたいこととは何ですかな?」 ネムルさんは少し怪訝な表情を見せたものの、私達の話を聞いてくれるようだ。 それを聞いて私はホッと胸を撫で下ろす。 「まず、ここは何処の国ですか? 後、年数と日付なども教えて頂けませんか?」 そんな根本的な質問が来るとは思わなかったのだろう。ネムルさんはさらに怪訝な表情になる。しかし、これは私達にとってとても重要なことだ。 「むう……? ここはヒストリア王国領にあるネストという村ですじゃ。年数と日付ですが、ヒストリア歴499年の10の月、20日ですが?」 「――――っ」 さも当たり前のように話すネムルさんの言葉に私は固まってしまう。 後ろで一緒に話を聞いていた椎名と工藤の体がぴくんと動いたのが分かった。 ――これで確定だろう。 予想してはいたがやはり、私達は全く違う別世界に迷いこんでしまったらしいのだ。 もうこれは紛れもない事実であり、――現実だ。 だがここで立ち止まってはいられない。 私達はそんな事を確認するためだけにここを訪れたのではないのだから。 私はこの村の人達の人柄から、今の私達の状況を話すことに大きな問題はないのではないかと既に判断ししていた。 念のためチラッと椎名の方を振り向くと、彼女は私の意図を察してくれたのか、こくんと強く頷いてくれた。 もう一度私は大きく息を吐き出す。 「――ネムルさん。もしかしたらこれから私達が話すことは信じてもらえないかもしれません。ですが私達がここまで辿り着いた経緯を聞いていただけますか?」 掌が汗ばんでいる。ネムルさんの瞳が淡く輝いているように見える。 ドクドクと心臓が高鳴った。 「……ふむ。信じるかどうかは別として、事情はお聞きします。それで構いませんか?」 ネムルさんは私達に微笑んでくれた。 それだけで私の緊張の糸は少し緩やかになったのだ。 「はい。それで十分です」 私は一つ深呼吸して、ゆっくりと話し始めた。 「まず、私達はこの世界の住人ではありません」 「――は? この世界の住人では――ない?」 ネムルさんの目が見開かれた。 私はとにかくありのままを伝える。 「はい。私達は地球という星の、日本という国から来ました。服装が皆さんと違うのもそのためです。ついさっき。――お昼頃……でしょうか。山の中腹に気がついたらいたのです。本当はそこにいる美奈の、友人の家で四人集まっていたのですが、気がついたらです。そこでグレイウルフに襲われて、美奈が怪我をして意識を失いました。そんな中、山の中腹からこの村が見えたので、何か解決の糸口を見つけられないかとここまでやって来たわけです」 私はここまで一気に話してネムルさんの顔色を伺う。 村長は驚いたような、納得がいったような、複雑な表情をしていた。 無理もないとは思うが。 自分の価値観なら何を馬鹿なことを言っているのだと思うだろう。 それでもネムルさんは真剣に、何か考えこむようにして顎に手を当てている。途中二度程頷いていた。 「わかりました。……事情は俄には信じられませんがそなたらは決して悪い人間であるようには見えません。まあ良しとしましょう」 私達は目を見合わせてほっと安堵の息を漏らした。 この世界の人達は私達が思っている以上に親切なのかもしれない。 あと考えられることとしては、他の世界から放浪者が来ること自体は珍しくはないという可能性だろうか。 そもそもがそういったことに慣れているという可能性だ。 さすれば別段見たことのないような格好をしている者達を目撃したとしても、それ程驚きはしないのではないか。 その辺りのことは聞いてはいないので予想の範疇でしかない。 単純に私達が村に害を及ぼす存在には見えないのかもしれない。 全員丸腰であるし、野盗の類いにも見えないだろうし。 まあ、そんな事は今はどうでもいい。 「それで、美奈の毒のことなんですが」 私は再び話を切り出す。 悠長に今の状況に安堵し、喜んでいられるような暇(いとま)はないのだ。 まずは元気な状態で四人、一緒にいれることが最優先なのだ。 だが次のネムルさんの言葉は私達を本当の意味で絶望感に追いやることとなる。 「はい。この毒はけっこう厄介でしてな。このまま放っておくと、やがて3日から遅くとも5日程度で死に至ります」 「……!!」 死ぬ? 美奈が……死ぬ……? 私は頭の中が真っ白になった。自分の大切なものが、この世界に来て、こんなにも簡単に失われようとしている。 「治す方法はないんですか!?」 一歩後ろに控えていた椎名が身を乗り出してきた。彼女も相当血の気が失せている。 「うむ。ありますとも」 「じゃあっ……」 「うむ。ミナさんの体の毒はココナという花の花弁から出るエキスを飲ませる必要があるのです」 「分かりました! すぐ取ってきます! それってどこにあるんですかっ!?」 「椎名?」 椎名がいつにも増して必死なのがその様子から伝わってくる。 すごく焦っていて、なんだかいたたまれない気持ちになるのだ。 彼女は拳を握りしめて、俯いていた。 「……ごめん。だって、私のせいでこんなことになったんだし。苦しんでる美奈をこれ以上見てるの、辛いの」 悲壮感の漂う椎名とは裏腹に、ネムルさんは微笑みを浮かべた。 「ふむ。あなた方はとてもお優しい心の持ち主のようじゃ」 ここまでのやり取りを見て大きく破顔したのだ。 少し不謹慎ではあるが、椎名の必死さがこの人の警戒を完全に解いてくれたらしい。 「それでネムルさん、結局のところ、そのココナという花のある場所は?」 「うむ。ここから東に15キロ程ですじゃ。そこにある洞窟の奥に咲いております」 「そっか。それくらいの距離なら数時間で戻ってこれそうだな」 ここまで静観していた工藤が後ろで安堵の声をあげた。 だがネムルさんの表情は先程と違い固い。私は胸に嫌な予感が駆け巡る。 「それはそうなのですが。その花を取ってくるにあたり、一つありますぞ」 「……はい」 やっぱりそうか。先程の試すような視線。 ネムルさんはゆっくりと言ってほしくない言葉を連ねたのだ。 「その洞窟は今は魔物の棲みかになっておるのです」 ――やっぱりか。 冷静な呟きが心の中で木霊する。 予想が当たってしまったからか、はたまた驚きを通り越して焦る気持ちが失せたからか。 とにかく今はもう、私の心の中は妙に静かに凪いでしまっていたのだ。
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