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地から這い出たような低い声音で呟くと、俺は短刀の鞘を払った。
一点の曇りも濁りもない光り輝く刀身をじっと眺める。この刀のように、俺は美しい存在で在れただろうか。あるいは、後世で語られるに値する人物であれただろうか。
すべては兄様、貴方のためだったのにーー……、
その想いが言葉となる前に、己が首に刀を突き立てた。手に生温かいどろりとした血がまとわりついて、目に映っていた一切が色を消してゆく。
弁慶、忠信、継信、与一…、このかすかな意識の中では、とてもじゃないけれど全員の顔を浮かべられなかった。沢山の喜怒哀楽を宿した顔が、浮かんでは消えていく。
また巡り逢いたい。逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい。どうか巡り会わせてくれ。
俺は長ったらしい経の代わりに、ただそれだけを心の中で仏に向かって唱え続けた。
*・゜゚・*:.。..。.:*・・*:.。. .。.:*・゜゚・*
1
午前7時。
カーテンの隙間から射し込む柔らかい陽の光が、2LDKの部屋を優しく包み込む。
宵月萌黄はその光のおかげか、珍しく目覚まし時計の甲高い声に叩き起こされる前に、自分から目を覚ました。
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