EPISODE 1

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「もちろん……大切な人っていうのは、アンタのこと……なんだけど」  ほとんど語尾は消え入りそうな声だったため、聞き取り難かったが、翔は自分のために安全運転を心がけるようになってくれたことに対し、輝也を不問にした。  運転中はなかなかアヤシイ雲行きになりかけたが、道路標識に「潮見ロード」と表示が見えてくると、間もなく視界にはオレンジ色のグラデーションに染まる海が広がってきた。 「いいタイミングだな。間に合ってよかった!」  輝也は車を近くのパーキングエリアに停め、車から降りるように翔に促した。パーキングエリアは展望スペースになっていたが、その下にはコンクリートの簡素な階段が海岸に続いていた。この海岸は普段は遊泳禁止エリアになっている。海水浴などが出来るような場所ではなく、ひたすら砂丘が続くものの、海に入るといきなり水深が深くなる場所があって海水浴には不向きであるためだった。おかげで海岸は人気もなく、穴場スポットであったりする。 「このあたりは水深が急に深くなっていたりするから、夏はサメが出るらしいぞ」  輝也がそう言うと翔は顔をこわばらせる。実際、このあたりでサーフィンをやっていてサメに襲われた事故例があったからだ。 「………だとしても、波間の輝きが本当にキラキラして綺麗ですね」  二人で流木に腰かけ、沈む夕陽と海を眺める。目を閉じていると天使が波の琴線を爪弾いているような心地になってくる。自分たちが知らない楽園がこの海のどこかにありそうで、奇跡的な空と海のコラボレーションになぜか切なくなってくるのだ。  二人はただ、そのきらめきを双眸で追いながらも、お互いの手と手を重ねあっていた。めぐり会えた奇跡に心から感謝をしたくて。
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