第一章 最悪な奴

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第一章 最悪な奴

「ねー、オレ急いでるンだよねー。オレを先に会計してくんない?」  とあるコンビニエンスストア内で、男はバーコードリーダーを当てながら丁寧に応対する二十歳前後の店員に向かって、列の最後尾から叫んだ。 「すみませんお客様。列の通り、お待ちになっているお客様のほうが、あなたより優先なので順番でお願い致します」  もちろん、世間の常識的にそのような融通は一切受け入れられない。 「だーかーらー、そこをなんとかしてくれって言ってンでしょ。ね、そこのOLのひと!ほんっとにすまないんだけど、割り込んでもいいよね?」  店員の言葉を無視するかのように、この男は列に並ぶ人々に謝りながらも自分が急いでいることをアピールしつつ、順番を優先させようとしている。  ビジネス街中心部にあるこの店は、他店と同じように昼休み時間中になると、来店客が集中する。そして先ほどから自分の会計を優先しろと不満を口にする伊藤輝也は、とあるネットワークビジネスで成功した、若い企業家だ。Time is money が彼の辞書には一番最初に記されているのだろう。よってビジネスモード時の彼は時間にうるさい。  ただ、それ以外の彼の特筆するような点は、スラリと長身で、寡黙ならそれなりに品のある、容姿端麗な男だ。それに本来オフタイムはごくごくユルい性格の憎めない人間なのだが、初対面のコンビニの店員にそれはわかるはずもなく…。 「ダメです。順番に公平にお願いします」  店員はピシャリと言い放つ。客がクレーマー化しようが何になろうが一切妥協はしないタイプであった。  融通の利かない店員だ…とブツブツこぼしながら、輝也は自分の順番を仕方なく待ち、やっと自分の番になったところ、眼の前の店員は溜息をついた。 「お客様、現金で端数の1円はお持ちではないですか?細かいお釣りになってしまいますが…」
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