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「……翔、来たよ」
天井が高いせいか、輝也の声が礼拝堂に響いた。僅かに反響を受け、手元の蝋燭の炎が揺れたことで、翔がゆっくりと振り返る。蝋燭の炎はもともと澄んだ光を放つ翔の瞳を輝かせていた。そんな彼を見て、輝也は姿勢を正した。
「いらっしゃいませ、輝也さん……此処は、僕が育った孤児院だった場所です」
「…そうだったんだ。知らなかった」
「尤も、随分前に孤児院は閉鎖されてしまいました。今はこうして、礼拝堂だけは残ってるんです」
翔はゆっくりと椅子から立ち上がり、少し高い場所に設置された、聖母の像を見つめながらそう言った。
「……輝也さん、前に言ってくれましたよね?誰かからその存在を認めてもらって、初めて自分のことを好きになれるものだって」
翔をレストランに連れ出し、あのときの自分の言動を思い出した輝也は、少し居心地悪そうな様子を見せた。実際、あの後に聞かされた翔の苦しみの過去を抉ってしまったことは、後悔してもしきれないくらいに忘れたい失言だと思っていたからだ。
「僕は………今まで自分のことを好きになれませんでした。あの日、僕の誕生日を祝ったりしなければ、両親は死なずにすんだのかもしれない。兄さんや姉さんとバラバラにならなくてすんだのかもしれない。どうして自分は生き残ってしまったんだろうって、生きていることに罪悪感だけを感じていました。そして、加害者のトラック運転手を憎んで、憎んで、気が狂うほどの毎日を送ってきました」
でも、そんな恨みの人生はあまりにもみじめじゃないですか?
だったら、僕はこの先、もう誰にも関わらずに死ねるのを待てばいい。
「そう思ってました」
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