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【1】
何度も何度も同じ夢を見る。そして何度も何度も同じところで起きる。目覚めると瞳には沢山涙が溜まっている。
湯川早雪は、ここ数年間、ちゃんと眠れたことはほとんど無かった。いつもうなされて、涙を溜めて、目覚まし時計より早く目が覚める。苦しいけど、それが彼女の日常だった。
「はぁ・・・」
ひとつ大きなため息を付き、早雪はいつものように瞳の涙を拭いながら、ベッドを出る。
一人で寝るには大きすぎるダブルベッド。いつもいないと分かっているのに、目覚めたら隣に彼がいるんじゃないかと少しだけ期待してしまう。
「ニャー」
早雪に声を掛けたのは彼ではなくて、一匹の猫だった。黒と茶色の毛が生え揃った、可愛らしい三毛猫。目を覚ました早雪の元に擦り寄ってくる。
「おはよ、ヨウ」
ヨウと呼ばれたその猫は、早雪に撫でられると気持ち良さそうに白いお腹を見せる。ヨウを撫でた時に感じる温もりで、自分はまだ生きているんだと早雪はいつも実感していた。
ヨウにキャットフードとミルクを出すと、慣れた手つきで朝の支度を始める。
早雪の仕事は、広島県の宮島で営業しているカフェ「雪の葉」の女亭主だ。夫と三年前に始めたカフェだが、今は一人で切り盛りしている。
従業員は夫の妹の萌が大学の合間に手伝ってくれるだけで、あとはだいたい一人で仕事をこなす。
そんなに大きな店ではないし、お客が多いのは観光客が増える土日だけだが、それでも一人でこなすのはなかなか大変だ。
「早雪さん、おはよ」
「萌ちゃん、おはよ。今日は早いんだね」
早雪が店で仕込みをしていると、学校に行く前の萌が顔を出した。
「うん、テストだから早く行って勉強しようと思って。今日、夕方からなら手伝えるからね」
「ありがとう、でも無理しなくて良いからね」
「大丈夫!早雪さんこそ、無理しないでね。じゃ、行ってきます!」
そう言って萌は、元気良く店を出て行った。
早雪の店「雪の葉」は、湯川家の住居と隣接して建てられている。
店の二階が早雪達夫婦の住居で、裏の階段が店と繋がっている。
右隣には夫の実家が建っていて、そこに萌と義両親が住んでいる。
三年前に夫の「地元でカフェをやりたい」という夢を叶えるために、実家を改築してこの店をオープンさせた。
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