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ことのはじまり
「皆さん、今日は本当にありがとうございます」
恭しく挨拶をする天使の瞳は、真剣味を帯びていた。
夕暮れの街灯を思わせる仄暗い照明。闇色の室内の奥では、牛のツノを生やしたバーテンが特性カクテルを作っている。カウンターでは品の良さそうな紳士が、いやらしい笑みをこぼしながら、言葉を交わす。
夜の帳の合間に揺れる、五箇所のテーブルは満席だ。木製テーブルに置かれたアロマキャンドルが、幻想的ながら、心許なく辺りを照らしている。
ここは魔界の一角にある、悪魔行きつけの小洒落たバー。デートというよりは、魔界の重鎮が密会のために利用するケースが多い。
ここで交わされる言葉は、当事者にしか伝わらない。互いの声が聞こえない、絶妙な距離感で配置された席は、常に予約でいっぱいだ。
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