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「教授」は街外れの安アパートの一階に住んでいた。耐用年数を完全に過ぎているボロボロの建物だ。廃屋が並んでいる一角にあるので、あらかじめ知ってなきゃ、ここに人がまだ住んでいるとはわからないだろう。
アパートが近づいてくると、ニジンスキーがこちらを見て何か言いかけた。が、
「わかってるって。あんたが表で俺が裏、だろ?」
と先回りしてやった。俺たちは二手に分かれた。
言われるまでもない。俺たちが担当している債務者に、訪ねてきた借金取りに素直に応対するような奴はいない。表のドアがノックされれば、すかさず裏の窓から逃げる。挟み撃ちは基本だ。
アパートの裏へ回ると、舗装の剥げた地面には雑草が生い茂り、表通り以上にたくさんのゴミが散乱していた。裏から見る建物の壁は、今にも崩れ落ちてきそうなほど劣化が進んでいた。灰色の壁面に、薄汚れた窓が等間隔で並んでいる。
教授の部屋の窓は色褪せたカーテンで閉ざされていた。
俺はその窓を眺めながら、右手にナックルダスターを嵌めた。合金製の器具はしっくり指になじんだ。
静かだな、と思った。
街全体が昼下がりの平穏にまどろんでいるみたいだ。
――静かすぎた、のだ。俺は騒音を予想していた。ニジンスキーの怒鳴り声、ドアを荒々しく蹴破る音、悲鳴。それがいつも「仕事開始」の合図だった。債務者が裏口から飛び出してくるのは、たいていその直後だ。
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