荒屋

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「そこが特殊な場所だなんて、思いもしなかった。何かに呼ばれている感覚がして、気がついたら足を踏み入れていた。どういうところか知ったのは、桜子さんに会ってからだよ」 「そうだったの……」  桜子はそっと、吐息をつくように言った。薫はあの闇が広がる場所に、そんなに幼い頃から馴染んでいたのだ。  ーー私だけが特殊なわけじゃない。薫の方がずっと、普通とは違う特別な男の子だった。  薫は戸口で立ったまま言葉を重ねた。 「あそこに行けるのは、僕の知るうちでも優だけだ。師範も前は隠密だったけど、水脈筋に降りたことはなかった。あの場で影に捕まると、二度と帰ってこられないと聞く」  桜子は、影と話したことを思いだした。 「あの影はいったい何? 水脈筋でとらわれた魂だったの?」 「そういう言い方も、あるいはできるかもしれない」  薫は慎重に言った。 「僕は、水脈(みお)の大蛇の一部なんじゃないかと思ってる。撫子さんは、大蛇の鎮魂(たましずめ)のために舞ったんだ」  ーーそうだ。あの影も同じことを話していた。  桜子は回想しながら、改めて薫を見た。 「私、お母さんと同じことはできない。(なばり)の技と神楽舞は違うものだから」  天地の(ことわり)を正し和合させるのが母の神楽舞なら、桜子のしようとすることは、ただ災禍をもたらすだけかもしれない。そう考えると、恐ろしかった。     
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