清乃

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清乃

 円座(わろうだ)の上に落ち着き、清乃が出してくれた温かい白湯をすすると、そこでようやく桜子は顔を上げた。 「おばあちゃん、私ーー」 「瑞彦さんに何か言われたの」  勢い込んで言おうとした矢先、出端をくじかれるように言われて桜子は戸惑った。そこで祖父の名前が出てくるとは思わなかったのだ。 「どうして? 何かあるの」  問い返す桜子に、清乃は首を振った。 「いえ。ただ何か、動きがあるのかと思ってね」  桜子は釈然としないままに言った。 「私は、お父さんが婿がねを得ようと必死なのを相談したかっただけ。なんでおじいちゃんの名前が出てくるの」  清乃は、(うれ)いがちな目を伏せてつぶやいた。 「そう、秋津彦さんが……ね」 「そのことで私とっても迷惑してるのよ。誰のところへも行くつもりはないの。私はただ、稽古場にいる時間を奪われたくないのよ」  板の間の隅にある立蔀(たてじとみ)の格子が、ガタガタと音をたてる。風がさらに強まっている気がした。  清乃は一度そちらに鋭い眼差しをむけ、そして不意に桜子を正面に見た。 「瑞彦さんーーあなたのおじいさんが、(しのび)だったことは知ってるでしょう」  急に切り返され、桜子はただ曖昧に頷いた。  その話は、隠流の古武術がどう起こったのかを知る時に聞かされた。でもそれは祖父がずっと若い頃の話であり、桜子には遠いことだった。祖父から当時のことを聞かされたこともない。  桜子が黙っていると、清乃は続けて言った。 「あなたの祖父、瑞彦さんは、(すめらぎ)のもとに仕える隠密だった。代替わりの時に組織を外れたけど、今でもそれを知っている人はいる。 実は最近、『月読(つくよみ)』と呼ばれる一派から誘いがあったのよ。また昔の(よしみ)で戻らないかと」  思わぬことに話が及んで、桜子は面食らった。  そんな話は一度も聞いていない。  祖父もあえて桜子には聞かせなかったのかもしれないが、清乃がそんな事情に精通しているとは思わなかった。
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