桜子( 1 )

2/3
前へ
/222ページ
次へ
 現れたのは、水脈(みお)大蛇(おろち)の神霊ーー和御魂(にきみたま)だった。  知らず、巫女の目から涙があふれだす。  透明なしずくが、ほおをつたっていった。  美しい舞いだった。  巫女が神霊を呼ぶ。  ーー巫女は、『水神の剣の守り手』と呼ばれていた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  (こよみ)も春分を過ぎる頃になると、吹き入る風は日ごとに暖かさを増していくようだった。  裸足の感触が、途端に心地よくなるのもこの頃だ。 冬の間、板敷きの床を踏むのは氷の上に立つような苦行だったが、春から初夏にかけては一気に素足が快くなってくる。  菖蒲(あやめ)の節句を迎える前のこの時期が、桜子(さくらこ)は好きだった。それまでに、稽古場にある桜も満開になるのだ。  今年、桜子は数え年で十五になる。  桜子の名の由来が、稽古場の桜の見事さからくることを、幼い時から繰り返し聞かされた。    薄い(くれない)の花弁が一斉に花開く様子は、毎年春が来るたびに人々を魅了する。その(あで)やかさから、優美な女の子を望まれたのかもしれないが、桜子は祖父の開いた稽古場に幼少から馴染み、体を動かすのが好きな、快活でのびのびした少女だった。     
/222ページ

最初のコメントを投稿しよう!

217人が本棚に入れています
本棚に追加