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桜子( 3 )
普段はまったく意識しないこととはいえ、桜子のなかに巫女に通じるものがあることは確かだった。だが、桜子はすぐその考えを打ち消した。
桜子は、じっとしていることが苦手なのだ。
稽古のなかの正座には耐えられても、たくさんの儀礼を覚えなければならない巫女修行に自分が耐えられるとは思えなかった。
「どうした、ずいぶん難しい顔をして」
開脚し体を前に倒している途中、祖父の瑞彦が稽古場の門の蹴放しに現れた。
桜子は動きをとめた。瑞彦は白い稽古着に藍染めの袴姿で、さすがに髪には白いものが混ざっているが、年齢に比して遥かに若く見える。
その身のこなしには隙がなく、背中にも目がついているのではと桜子がひそかに思うほど俊敏だった。
瑞彦が開いた稽古場は隠流と呼ばれ、暗殺を請け負う忍の術であることを桜子も知っている。しかし今は、古武術を基礎とした護身の技へと形を変えていた。
いつもは稽古場に入れば武芸に集中できる桜子も、この日は気が散じて柔軟にも身が入らなかった。
「おじいちゃんからお父さんに言ってくれない。私は誰とも祝言を挙げる気はないって」
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