217人が本棚に入れています
本棚に追加
桜子は袴をさばいて正座し、頼むように下から祖父を見上げた。
瑞彦は一瞬虚を突かれたようだったが、たちまち相好をくずした。
「何を考えこんでいると思えば」
どこか感慨深げに瑞彦は言った。
桜子は祖父にむかい立ち上がった。
「笑いごとじゃないのよ。お父さんは早く婿がねを得ようと必死なの。私にそんなつもりはないというのに」
桜子が言い募ると、瑞彦もいくぶん口調を改めた。
「だがいつまでも嫁がずにいるわけにもいくまい。お前の父、秋津彦にも考えがあるのだろう。それとも誰か想う相手がいるのかね」
色めいた質問に桜子は?をふくらませた。
「いるわけないでしょう。いたらこんなに苦労しないわよ」
桜子が言うと、瑞彦は愉快そうに笑った。
ーーまったくもう、他人事だと思って。
様々な受け身の取り方を繰り返し体になじませていくうちに、波立つ心も徐々に凪いでいった。
ーーこういう時、お母さんがいれば違うのかな。
桜子は記憶にない母を慕うことは滅多になかったが、最近しきりに思うのはそのことだった。
何不自由なく育てられたとはいえ、自分が異性のことを知らずにまごついてしまうのは、身近で指南してくれる人がいなかったからではないか。
友達としてなら別だが、男女のこととなると桜子は疎かった。母が生きていれば、こういう時どうすればいいかを諭し、父を懐柔させてしまうのではないかと思うのだった。
最初のコメントを投稿しよう!