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桜子( 4 )
日が暮れる時刻も、春の訪れとともに遅くなった。
一日の稽古を終えた桜子は、父が郡司の勤めを終えるより先に帰ろうとあぜ道を走った。
父の秋津彦も桜子の武芸の腕前を認めてはいるが、年頃の娘が夕暮れまで稽古場にいることを良しとしないのだ。
駆けるたび、背中でくくった髪が勢いよく跳ねる。
桜子は裾を踏まないよう、袴の股立を取って帰途を急いだ。
なんとか夕日が山の端に隠れる前に家にたどり着いた桜子は、家人の夏芽が夕餉の仕度をしているところにちょうど行きあった。
夏芽は、袴の足先から白い稽古着をのぞかせ、頬を上気させている桜子の出で立ちを見ると苦笑した。
「今お帰りですか。ご主人さまが見たら何て言うか」
「まにあったならいいの」
桜子は短くそう言うと、着替えをすませに自室へ引きあげた。
薄紅色の小袖に簡略なしびらをまとった上で帯を締め、身支度を整えた桜子が居間へ行くと、勤めを終えた秋津彦も同じ部屋に現れるところだった。
「おお、桜子。この前の話はどうだ。少しは考えてくれたか」
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