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香染の直垂に萎烏帽子を被り、押し出しの良い風貌の秋津彦は、桜子に対し張りのある声で言った。
顔を合わすなりその話を持ちだそうとする父に、うんざりしながら桜子は被りを振る。
京から遣わされる国司とは違い、豪族が多い郡衙で働く父は、何かと人に会う機会も多いのだろう。桜子が首を振っても機嫌を損ねることなく、歯を見せて言った。
「まだ紹介できる口はある。良い話を持ってくるからな」
夕餉を終えて自室に戻り、夜具として使う衾を広げると、ようやく桜子はくつろいだ気持ちになった。
風が強いのか雨戸のきしむ音が聞こえてくる。目を閉じると、風の音はより近くに聞こえるようだった。
ーー明日、お宮に行ってみようかな。
目を閉じたまま、桜子はそう思った。
亡き母の神社は、里の北側に尾根を連ねる御影山の手前ーー小高い山を登った先にあり、稽古場の方角とはちょうど反対側に位置していた。
そこでは桜子の祖母にあたる清乃が、宮司や巫女とともに境内で暮らしている。
今の桜子の現状を里の友達に相談しても、笑ってすまされるのは目に見えていた。
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