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桜子( 1 )
清涼な風が吹く山の頂きに、御霊会を行う小さな社があった。
境内には、白木で組まれた舞台の斎庭がある。
そのなかへ、白い小袖に緋袴をはき、金の挿頭を頭につけた巫女が、ゆっくりと進みでた。
二十歳を過ぎた年頃の女だった。
艶やかな黒髪は長く背を垂れて、優婉な雰囲気を身にまとっている。
斎庭の前には、奉納された直刀の剣があった。
巫女は袖をひるがえすと、たずさえていた扇を天にかざした。
一陣の風が吹く。
最初の足拍子を地に印す。
扇を広げると、祭壇の剣を前に、厳かに舞い始めた。
天雲の 八重雲隠り鳴る神の
音のみにやも 聞きわたりなむ
その声は、遠い山々の峰辺へ響いていく。
澄んだ声だった。
言葉にならない祈りがこめられた舞いであり、その動きは神々しくもあった。
挿頭が、陽の光にきらめいて反射する。
ーーと。
刹那、舞いに呼応するように影が差した。
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