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「大したことだったんだろ」
頭をそっと、撫でられる感触があった。
「弥生は『大したことない』って言ったけど、あいつら一人一人にとっては大したことだったんだろ。お前に何か返したいって思うくらい」
「そう……かな……?」
「そうだと思うぞ。弥生だって、自分が誰かにしてもらう側だったら嬉しいと思うだろ? 綺麗に髪整えてもらったり、落ち込んだ時に励ましてもらったりしたら」
「……うん……」
「な? した方が思ってる以上に、された方には残るもんなんだよ。嫌なこともだけど……嬉しいことも」
すごく柔らかい律君の声が、じんわりと胸に染みて、広がっていく。余計に、ハンカチが汚れていく。
思ったことを言ったり、気になったことをしたりしただけで、立派な志なんて何もなかった。
それでも、私が皆の心に"嬉しい"って気持ちを残せたのなら、そう感じ取ってもらえたなら、こんな幸せなことってない。
彷徨う風が、やんわりと頬を掠めていくから、私は涙が止まるまで泣いた。
「…………トイレ、行ってくる……」
ひとしきり泣いた後、私はグッと頭を下げて立ち上がった。何度もハンカチで拭いちゃったし、化粧、ぐちゃぐちゃに崩れてるはず。こんな酷い顔、律君にだけは絶対見せられない。
「あー、じゃあ弥生が戻ってくるまで、俺ここで軽く寝てるわ。のんびり戻ってきてくれると助かる」
わざとらしく欠伸して、また私の頭をポンポンと撫でてくれる律君。
もう。いつもこうだ。この人はいつも、こういう言い方を選んでくれるんだ。
もう一度込み上げようとしてくる涙を必死に堪えながら、私は早急に一番近くの校舎のトイレに駆け込んだ。
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