奏さんと結菜さん

6/15

50人が本棚に入れています
本棚に追加
/60ページ
「……私のことは?」  (ささ)やかに揺れ動いた木陰の中で、小さな声がポツリと響く。  奏さんの横から、さっきまで泣いていた彼女が私に(たず)ねてきた。 「律……私のことは、あなたに話してる?」 「え? えっと……」 「結菜……渡瀬(わたせ)、結菜……」  落ち着きかけた、でもまた些細なきっかけで震えてしまいそうな()が、静かに私を見つめる。  ぶつかってくる視線は、穏やかだけど真剣に見えて、私も思い出そうと記憶を探った。 「うーんと……」  結菜さん。大学生になってからの律君とのやり取りの中から、その名前を探る。  学科の友達、サークルの先輩、ゼミの教授。律君は、大学で知り合った色んな人のこと、よく私に話してくれる。奏さんもその一人だけど、私が覚えてる範囲の中に、結菜さんらしき人物像はどこにもなくて。 「もしかしたら話してくれたこともあったかもしれないけど……すみません。覚えてません」  本人としっかり目を合わせてから、私は正直に答えた。  そしたら、悲しそうに顔を歪めた結菜さんは、また静かに涙を溢し始めた。 「結菜!?」 「結菜さん!?」 「ごめんなさい……弥生ちゃんとか、律とか……奏も、誰も、悪いわけじゃないの。私一人の問題だから……」  まだ気持ちが不安定なのか、結菜さんはゆるゆると首を横に振る。その動きにも、声にも、まるで元気がない。  今度は本当にどうしよう。誰のせいでもないって言ってくれたけど、今の流れだと絶対私のせいだ。どうしよう。
/60ページ

最初のコメントを投稿しよう!

50人が本棚に入れています
本棚に追加