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「……私のことは?」
細やかに揺れ動いた木陰の中で、小さな声がポツリと響く。
奏さんの横から、さっきまで泣いていた彼女が私に訊ねてきた。
「律……私のことは、あなたに話してる?」
「え? えっと……」
「結菜……渡瀬、結菜……」
落ち着きかけた、でもまた些細なきっかけで震えてしまいそうな瞳が、静かに私を見つめる。
ぶつかってくる視線は、穏やかだけど真剣に見えて、私も思い出そうと記憶を探った。
「うーんと……」
結菜さん。大学生になってからの律君とのやり取りの中から、その名前を探る。
学科の友達、サークルの先輩、ゼミの教授。律君は、大学で知り合った色んな人のこと、よく私に話してくれる。奏さんもその一人だけど、私が覚えてる範囲の中に、結菜さんらしき人物像はどこにもなくて。
「もしかしたら話してくれたこともあったかもしれないけど……すみません。覚えてません」
本人としっかり目を合わせてから、私は正直に答えた。
そしたら、悲しそうに顔を歪めた結菜さんは、また静かに涙を溢し始めた。
「結菜!?」
「結菜さん!?」
「ごめんなさい……弥生ちゃんとか、律とか……奏も、誰も、悪いわけじゃないの。私一人の問題だから……」
まだ気持ちが不安定なのか、結菜さんはゆるゆると首を横に振る。その動きにも、声にも、まるで元気がない。
今度は本当にどうしよう。誰のせいでもないって言ってくれたけど、今の流れだと絶対私のせいだ。どうしよう。
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