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「わ、ひっどい……!」
丹念に磨かれたトイレの鏡と向き合う。その中からこっちを見てるのは、瞳も鼻も赤く歪めて、無様な顔で愕然とする女。やばい。徹夜明けの顔より何倍も酷い。
誰かが来る前に、私はサッとメイクポーチを取り出した。一度綺麗に化粧と涙を落として、ちゃんと気持ちを落ち着けてから、また丁寧に顔を作り直す。
手を動かして、少しずつ仕上がっていく顔を見ていく内に、段々と気持ちも上がっていった。
化粧を終わらせてから、最後に首元を飾った。律君がくれた、上品だけど可愛い桜のネックレスで。
赤みが引いたのと、化粧のお陰で自信が戻ってきたこともあって、鏡の中ではようやく笑顔の私の姿が見れた。これなら大丈夫。真正面から、大好きな人の前に立てる。
「よしっ」
気合いを入れる為に声を出して、私は走ってトイレを出て、その勢いのまま校舎からも出た。
「律くーんっ! お待たせっ!」
テラスで待つ律君の元へ駆け寄ると、腕を組んで頭を下げていた律君は、ビクッと肩を揺らして顔を上げた。寝ぼけたような無防備な瞳が、私を映した途端にハッと力を入れる。その変わりようが面白くて、私は笑った。
「あはは。本当に寝てたんだ?」
「ああ、何だ、弥生か。やたら可愛い女の子が走ってくるから、誰かと思ってビックリした」
「も、もぉ! またそういうこと言うっ!」
「本当のことだからな」
からかってるとすら疑えないほど爽やかに微笑んでくれる律君。
だから狡いんだってば。不意打ちでドキッとさせてくれちゃうのは。
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