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「いや、香坂、なにやって――」
「駕木くん、こうゆうとき男の人は黙って、堂々としているべきじゃない?」
「全然意味がわからないんだけど!」
「簡単よ。わたしは駕木くんに黙っていてもらいたいの」
「黙る? わかったわかった、きょう逢ったことは誰にも言わないから!」
「口約束なんて信用できないわ。秘密は共有してこそ、秘密になるんだから」
香坂は人を弄ぶような、妖艶な微笑みを浮かべていた。
「香坂って、そうゆうヤツだったのかよ――」
「学校でのわたしなんて、作られたイメージよ!」
「うわ、言いきった!」
「わたし有名人だから、こんなところで騒いでるとすごく困ったことになるの、わかる?」
「う……」
そういわれると、駕木もたじろいでしまう。
「写真でも撮られたりしたら、イメージダウンよ。CMも打ち切りになってしまう。そんな人生の苦境のきっかけを、あなたが作るの」
「それは香坂が自分で……」
「わたしのことを気づかう気持ちがあるなら、黙ってついてきて欲しいな。そうしたら、わたしが何をしていたか、誤解を解いてあげる」
香坂はサングラスを外して、駕木を見つめた。
その瞳は、自信に満ち溢れていた。
すると駕木も、こんなきれいな眼の人が嘘を吐くはずがないという同情が沸き起こってきた。
「……わ、わかった――」
駕木は観念すると、黙って香坂についていった。
そういえば、家を出る直前に、いつも首にさげていたお守りの紐が切れたのだった。
直す時間もなくて、玄関に置いてきたのだが……もしあれがあったらこんなことにはならなかったのかな、などと思いあぐねてしまう。
ふたりは擦りガラスの自動ドアを潜っていった。
駕木無人、17歳。
これが人生初のラブホテルであった。
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