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「誰かが可哀そうな自分に情けをかけてくれる、なんて甘いこと考えないでね――冴えない駕木くんには、そんなこと絶対にありえないんだから」
「あんまり、言わないで」
「これから一生、後悔するの」
「忘れるように努力するよ」
「ダメ」
香坂は脱ぎ捨てた衣服を拾い上げて、袖に腕を通しながら続けた。
「チャンスは一瞬なの――幸運の女神に後ろ髪はないの」
しかし、そういう香坂は、すこしホッとした貌をしていた。
だが駕木は、それに気づかずに、窓へと足を運んだ。
息が詰まる気がして、外の空気を吸いたくなったのだ。
「開けてもいい?」
「どうぞ」
香坂の姿が外から見えないよう、カーテンの内側に入る。
目隠し用のルーバー扉を開けると、裏通りがみえた。
出窓は転落防止のため、手のひら程度しか開かないようになっていたが,、外気がふわりと滑り込むと、駕木もすこし落ち着いた。
梅雨入り前の、じっとりと湿気を含んだ空気でも、澱んだ密室にあっては、閉塞感を打ち破るカンフル剤になった。
着替え中の香坂を観察するわけにもいかず、駕木はぼんやりと路地を眺める。
人通りは少なく、昼間から飲んだくれたお爺さんが、ふらふらと歩いているのがみえた。
そしてその横を、白い小動物が、ちょこちょこ通っていった。
「あっ!!」
思わず声を上げる駕木。
「え、なに!?」
喚声に驚く香坂に、駕木はあわててカーテンから顔を出した。
「いた! ニワトリ!」
「あ、探してたやつ」
「ごめん、香坂! ぼくもう行くよ!」
そういうと、駕木は玄関まで駆けていった。
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