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「あ、駕木くん!」
引き留めようとする香坂だったが、駕木は財布から5千円を取り出して、鏡面台に置いた。
それは、駕木がニワトリのバイト代にと、山本のお父さんからもらったものであった。
「お金は置いておくから。大丈夫、今日見たことは誰にも言わないよ」
「もらえないわ」
しかし駕木は返事も聴かないうちに部屋を後にしていた。
「…………」
ひとり残された香坂は、いそいそと服を着てしまう。
そうしてカーテンを開けて、窓から外を眺めた。
駕木が、路上で大立ち回りを披露している。
右に駆け左に跳ね、時に転んでゴミ箱を突き倒しながら立ち上がり……辺りをにぎわしていた。
「――なにやってるのかしら」
香坂は呆れたようにつぶやくも、駕木のあまりの真剣さに次第に厳しい表情へと変わっていく。
香坂がそういうのももっともで、駕木はひとりでぐるぐる回っていたのである。
そのまま駕木は、何かを追いかけるように、どこかへ行ってしまった。
「まさか……ね――」
香坂は、眉をひそめたまま携帯を取り出した。
手早く操作して、耳に当てる。
すぐに呼び出し音が鳴り、2コール目で相手が出た。
「調べて欲しいの」
相手の挨拶も待たずに、香坂は話していた。
「調べるって、何をかな?」
相手もそれが分かっていたのか、落ち着いていた。
よく通る中性的な声である。
「クラスメイトの、駕木無人について教えてくれる?」
「きみが学校に興味を持つなんて、珍しいね」
「もちろん、仕事よ」
「ぼくは褒めたんだけど。きみはもっと、人間的な部分を助長すべきだと思っていたからね。例えば友達とか、クラスメイトとか」
「余計なお世話。なにかわかったら連絡をちょうだい」
それだけ言うと香坂は一方的に電話を切った。
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