#プロローグ

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 *  胸元が開いたドレスと、ブランド物のバッグを見れば、スカウトにも声をかけられずに済む。  いつもなら1番街を直進して、ゴジラヘッドの脇を抜け、区役所通りから出勤する。  タクシーは帰宅時だけと決めているから、丸の内線を乗り継いでライオン広場へと出てきた穂妻(ほつま)は、百果園の店長に笑顔を投げて、歌舞伎町交差点を過ぎたところで――暗闇に投げ出された。 「面倒くさぁ」  最初から気乗りしない日だったので、こんなセリフを吐いてしまう。  暗闇に目が慣れるのに十秒ほどかかった。  その間、数人に肩をぶつけられる。  穂妻はますますやる気をなくしてしまった。  交差点よりはましだろうと、暗闇をゴジラまで進んでみた。  通い慣れた道はさほど苦でもなかった。 「んだよ、なんだこりゃ、また地震か?」 「やだ、怖いんだけど」 「こりゃ変電所が飛んだな」 「スマホもつかねんだけど、ありえなくね?」 「太陽風?」 「世界の終わりだったりして」 「えー、テロぉ?」  行き交う人は、勝手なことを言っている。  暗いといっても、ここら一帯であって、大久保病院から先は明るいようだった。  だからそんなに心配もいらないだろうと、穂妻は高をくくった。  そして、立ち止まる。  ほとんど行く気が失せていた。  電話一本入れれば休むことができるし、混乱のなかわざわざ出勤するほど義理も感じていない狭い職場(キャバクラ)である。  けれど、携帯はサイドバッグのなかで死んでいた。  電源を押しても、うんともすんとも言わない。  新宿駅を望めば、ヤマダ電機の巨大スクリーンまで気を失っていた。  行くも憂うつ、帰るも地獄である。  すると一陣の風が抜けた。  穂妻の前を、白いものがふわりとよぎった。  ――ん?  一片の白い羽が風に漂っている。  鳩の羽というには大きく厚ぼったいその羽は―― 「げっ……あれ――」  穂妻は顔を引きつらせた。  羽はすぐに、人ごみに消えて見えなくなってしまう。  穂妻は軽く頭を振って、いま見たものを否定する。 「はいはい、気のせい、ないない」  言い聞かせるようにつぶやくと、逃げるように職場へ踏み出した。
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