2人が本棚に入れています
本棚に追加
/68ページ
*
胸元が開いたドレスと、ブランド物のバッグを見れば、スカウトにも声をかけられずに済む。
いつもなら1番街を直進して、ゴジラヘッドの脇を抜け、区役所通りから出勤する。
タクシーは帰宅時だけと決めているから、丸の内線を乗り継いでライオン広場へと出てきた穂妻は、百果園の店長に笑顔を投げて、歌舞伎町交差点を過ぎたところで――暗闇に投げ出された。
「面倒くさぁ」
最初から気乗りしない日だったので、こんなセリフを吐いてしまう。
暗闇に目が慣れるのに十秒ほどかかった。
その間、数人に肩をぶつけられる。
穂妻はますますやる気をなくしてしまった。
交差点よりはましだろうと、暗闇をゴジラまで進んでみた。
通い慣れた道はさほど苦でもなかった。
「んだよ、なんだこりゃ、また地震か?」
「やだ、怖いんだけど」
「こりゃ変電所が飛んだな」
「スマホもつかねんだけど、ありえなくね?」
「太陽風?」
「世界の終わりだったりして」
「えー、テロぉ?」
行き交う人は、勝手なことを言っている。
暗いといっても、ここら一帯であって、大久保病院から先は明るいようだった。
だからそんなに心配もいらないだろうと、穂妻は高をくくった。
そして、立ち止まる。
ほとんど行く気が失せていた。
電話一本入れれば休むことができるし、混乱のなかわざわざ出勤するほど義理も感じていない狭い職場である。
けれど、携帯はサイドバッグのなかで死んでいた。
電源を押しても、うんともすんとも言わない。
新宿駅を望めば、ヤマダ電機の巨大スクリーンまで気を失っていた。
行くも憂うつ、帰るも地獄である。
すると一陣の風が抜けた。
穂妻の前を、白いものがふわりとよぎった。
――ん?
一片の白い羽が風に漂っている。
鳩の羽というには大きく厚ぼったいその羽は――
「げっ……あれ――」
穂妻は顔を引きつらせた。
羽はすぐに、人ごみに消えて見えなくなってしまう。
穂妻は軽く頭を振って、いま見たものを否定する。
「はいはい、気のせい、ないない」
言い聞かせるようにつぶやくと、逃げるように職場へ踏み出した。
最初のコメントを投稿しよう!