#プロローグ

5/5
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/68ページ
 *  新宿BYGSビルの屋上には、レスラーみたいな大男と、白いワンピースの少女が居た。 「浮かない顔」  小さなミュシャが気持ちの籠っていない声をエリスに投げる。  エリスは、立ち尽くしたまま腹をさすっている。言葉を返そうとはしない。  小学生くらいの清楚な女の子と、タンクトップの中年男性のペアは、誘拐を思わせる。  つい先刻まで停電していた区役所を、ここからは見通すことができた。 「ちゃんと呑めたんでしょ? なんでそんなに浮かない顔してんの」  見上げることしかできない少女だが、態度は不遜だった。 「――――」  腹をさすりながら見つめ返すエリスに、ミュシャは顔を歪ませる。 「あんたのコトバが、わたしにわかるわけないでしょ? もっと身振りとか、手話とかやりようがあんでしょーが?」  するとエリスは困ったように、頭を傾げた。 「期待してないわよ。どうせあんたには、『運ぶ』以上の脳なんてないんだから。それで――問題なく歩けるのよね?」  ミュシャがそういうと、エリスはこくりと頷いた。  それからミュシャをひょいと肩に担ぐ。  ミュシャは、エリスの頭に腕を回すと、 「どうしてあんたみたいな木偶の坊が、アースキーパーなのかしら。神さまは演出過剰よ」  といった。  無口なエリスに苛立って、つい饒舌になってしまうミュシャ。  エリスはそのまま跳躍して、屋上から飛び降りた。  煌々と輝く絨毯の、その網目である闇のなかへ、ふたりは消えていった。
/68ページ

最初のコメントを投稿しよう!