人魚の嘘

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「職場で泣くな。周りの迷惑になる」 「――――」  その小さな肩が強張るのが見て取れる。 「泣くなら、夜にしろ」  マンションのスペアキーを、しっとり湿り気を帯びた手のひらに押し込める。  そして、呆気にとられた彼女を、ほんの一瞬、抱きしめた。 「会社行くの、やだな」 「辞めたら、会える時間が減るよ」 「岩城君が上司なら良かったのに」  詮無き呟きは、こぽり、天井まで浮き上がっては弾けて消えた。  身じろぎして背を向けた砂見に腕を巻き付け、後ろから絡め取るように抱きしめる。行為後、横たわった砂見は汀(みぎわ)に打ち上げられた魚にも似て、ぐったりと無抵抗だった。  肩甲骨と肩甲骨の間の窪みに顔を埋めると、いやがおうでも彼女の匂いが頭の芯にまで浸透し、しびれるような陶酔感に襲われる。そのまま岩城は、背に唇を寄せて、囁くように尋ねた。 「砂見はなんでうちの会社に入ったんだ?」 「ええ?」 「女子で、広告で、営業って、しんどいじゃん?」 「しんどいなんて知らなかったし」 「じゃあ、どうして続けてる?」 「別に」 「別にって」 「広告ギョーカイって響きが良いし。そこで良い人見つけられたらな、とか」 「なんだよ、それ……」     
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