人魚の嘘

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 杏露酒が入った丸っこいグラスを両手で包むように持ち、微かに笑む。酒が入っているせいか、蛍光灯に晒されたオフィスでのそれよりも、何倍も艶っぽく感じられた。  岩城と砂見は、中堅広告代理店・営業部の三年目同期だった。だが、岩城は秋採用で入社したため、実際は砂見のほうが半年先輩だ。研修期間が微妙にずれており、課も違うため、今まで親密に会話する機会はなかった。  出身、住所、学校、趣味、好きなタレント……ここぞとばかり基本的な質問のラリーを続ける。まだ一次会だったが、もうすぐ二時間は経つ。皆、いい具合に出来上がっていて、誰も二人の会話に気を留めてない。  ――奇跡の空白、だな。  岩城は話しながら、自身の置かれている状況を客観的に眺めた。たまたま会費制の飲み会に出席して、たまたま隣に砂見が座って、たまたま誰からもお呼びがかからず、たまたま追加オーダーの催促もかからない。 「じゃあ、岩城君もお魚とか、さばけるの?」  それは、父親が漁師だったと答えた直後の問いだった。  「いや、そういうことを教えてもらう前に、死んだから。海で」  たちまち、砂見の面に暗雲が垂れ込める。 「ごめんなさい」 「あ、いや。全然。こっちこそごめん」  岩城は慌てて、謝罪に謝罪を返した。     
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