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「おれはそういう体育会系が嫌だったから、文系な職に就いたわけ。逆にあのままだったら『跡継げ!』って迫られたんじゃないかって、ゾッとするよ」
――ほら。おれに漁師なんて似合わないっしょ、勿体ないっしょ。
――たしかにそうかも。ちょっとみ、モデルみたいだしね、岩城君。
――あ、それゆっちゃうー?
――なにそれ、自分で言わせたくせにー。
弾むジョーク。弾ける笑顔。爪弾かれる笑い声。岩城の気遣いを察して、砂見は上手い具合に冗談の波に乗ってくれた。悪くない。岩城は思う。
しばらく取り留めない会話を続けた後、砂見が呟いた。
「でも、どうして?」
どれにかかった『どうして』だろうか。
思考を巡らせながら、広告代理店ご一行様に被せられていた目には見えねど確かに存在したシートが捲り上がり、停滞していた空気が揺らぐのを感じる。シートの中、さらに隔絶されていた二人の世界に、喧騒が染み込んできた。それは少し、潮が満ちてくるさまに似ていた。
そろそろお開きだろう。もっとも、この場合の『お開き』は『二次会に移動します、とっとと準備してね』という意味に他ならないが。
砂見は岩城を見上げていた。いわゆる上目遣い。
「似てたから」
岩城は皿の上、残った料理をさらえながら答えた。質問の焦点は、都合の良いように合わせる。
「その人魚に、似てたんだ。砂見さん」
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