人魚の嘘

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 乾きかけの刺身を醤油に浸し、なんとなく不謹慎かなと思つつも、口に運びながら。 *  水族館へ行って、ショッピングして、食事に夜景。  飲み会の二週間後、二人はデートをしていた。お決まりのコース。だが、岩城は満足していた。青くくすんだ照明の中、空をたゆたうように泳ぐ魚にまみれた彼女は見飽きなかった。もう一枚欲しいと思っていた冬物のジャケットも買えたし、食事は値段のわりに味も雰囲気もそこそこだったし、夜景は、まあいつも通りに美しい。  だから、ここまで性急でなくても良かったのに。  緩やかに波打ち広がる髪。白く浮かび上がる肌。もがくように絡みつく手足。  昨日、交換したばかりのベッドカバーに溺れているのは、彼女。つい、と引き上げてやろうと思ったら、逆に引きずり込まれた。柔らかく、あたたかく、どこまでも深く、赤黒い粘液の海に。  『畳の波に人魚の半身』。ふと、そんなフレーズが浮かぶ。  確か泉鏡花の短編だったと思う。タイトルもストーリーも忘れてしまったが、その一文だけは、やたらエロティックで覚えていた。砂に描いた落書き、奇跡的にそこだけが波にさらわれなかったように。  さしずめ、『ベットの波に人魚の半身』か。     
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