新しいプロポーズ

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「はい?」 仮に今までに彼らのやり取りがその辺のバカップルの漫才方式のやり取りであったのなら彼の「もうええわ」の一言でこの件は終了である。 しかし、彼女の方は「そうは問屋がおろさへんで」とでも言いたげにまじまじと彼の方を凝視している。 そして、数秒間の沈黙の後彼女はやや頬を赤らめ始めた。 「はよプロポーズして?」 その言葉は誰にとっても衝撃だった。どうやら彼にとっても衝撃だったらしくさっきとは違った意味で面食らった表情を浮かべていた。 「いや、だからいつもの漫才ごっこやろ?」 後頭部をポリポリと掻きながら彼はそうつぶやく。 すると、彼女は「はあ…」と弱々しくため息をつくと「もういい」と言ってコタツ布団に身をくるませるようにして、さっきまでまったく関心のなかったテレビ画面へと視線を送り始めた。 その背中は普段強気な彼女にしては珍しく小さく儚げなものに見えた。テレビからは相変わらず陽気な声が溢れ出てくる。しかし、そんな騒がしい音声も何故だか彼女のもの悲しさを余計に助長させていた。おそらく彼もそう感じていたことだろう。 「ひゃっ」 彼女の口から似合わない可愛らしい声が漏れる。当然だ。いきなり彼が彼女の両肩を掴んでやや強引にその体を引っ張ったのだから。 じっと二人は見つめ合う。 なんども言うがここはただのアパートの一室。しかもどちらかというとボロの部類に入る部屋である。しかし第三者から見ると彼らの背景には何故だかロマンチックな夜景っぽいものが見えるような、そんな雰囲気になっていた。 女は先ほどよりも好調させて目を見開いてる。 男はこれも同じく顔を赤らめて、若干唇が震えている。 その状態のまま約20秒。おそらくそれはチキンな彼が眦を決するのに要した時間だったのだろう。 「俺と幸せになってくれ!」 その言葉は薄い壁を通して隣にまで筒抜になるのではないかと思うほど大きくてはっきりとした声だった。
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