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唇を噛みしめて涙をこらえるその顔は、あまりにも可哀想だ。けれどその顔を見下ろす日向の目は冷ややかで、自分のしたことが呪い返しのように跳ね返る。
「悪いけど、あんたがたとえ清廉潔白な人間だとしても、俺は雪羽以外は選ばねぇよ。俺だってなんのリスクも考えないで付き合ってるわけじゃない。黙ってたって、こうやってあんたみたいなのが現れて引っかき回される。周りの勝手な目にさらされる。それでも俺は雪羽のためならなんだってする。そのために他人を傷つけることになっても、俺自身が傷つくことになっても構わない。だから安っぽい恋愛感情に振り回されてやる義理はねぇんだよ」
まくし立てるように吐き出された日向の言葉は容赦なく美智の胸に突き刺さる。浮かんでいた涙がボロボロとこぼれ落ちていく。込み上がってきた感情を抑えるように顔を覆い俯いた美智に、傍にいた女子生徒たちがオロオロとした。
「好きだからってなんでも許されるわけじゃない。少しは胸に留めておけよ。それと、あんたはもっと身近に目を向けたら? そういうあんたでもいいって言う男がいるだろう」
「え?」
不思議そうに顔を上げた美智に肩をすくめた日向は、ちらりと視線を後ろへ向けた。その先を追う美智は驚いたように目を瞬かせる。
人垣の中にいるのは昨日も美智の傍にいた背の高い男。いまもなにか言いたげな顔をして美智を見ているが、あの時もそうやってなにも言わずに口を閉ざしていた。しかしそろそろ行動に起こしてもいいだろう。
雪羽は鞠子の腕からすり抜けると、まっすぐにその男の元へ足を進めた。けれどそれに気づいた男は慌ててその場を立ち去ろうとする。しかし教室の外に集まった人は多く、思うように抜けきれない。
「逃げたら、一生気づいてもらえないですよ。俺にあの時なんて言おうとしたんですか」
逃げ出すよりも先に駆け寄った雪羽が男の腕を掴む。肩を跳ね上げて振り返った男は、やや目がきついが色の白い細面。生真面目そうな雰囲気だが、意外と整った顔立ちをしている。
日向が持つような男らしさはあまり持ち合わせていないけれど、それを除いてもかなり女性受けしそうな顔だ。
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