八章/古傷

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*** 「マナ、目を覚ませ。寝ている場合ではなくなった」 「……キヌヅカ……様……」  「すぐに荷物をまとめろ。皆で山へ避難する」 「……山……へ……」 夢から覚めた現実。 まぶたを閉じる前の平穏な日常から、世界は一変していた。 四季彩署勤務外の人間が、続々と工房の中へ入ってくる。王城で働く女官や下女。崩落に巻き込まれた怪我人を軍人が運び入れる。 瓦礫が直撃して頭が割れた重傷者は、直前までマナが使用していた布団に寝かされた。医師が傷口を直接圧迫して止血を試みるが、あふれ出る血は止まらない。 またある者は、顔面に無数のガラス片が突き刺さっていた。両脇を友人に支えられるが、わずかな振動でも激痛が走るようで「痛い、痛い!」と泣きわめく。 工房内で吊していた染色後の布は引っ張り下ろされ、止血や骨折箇所の固定、更に工房前を過ぎて行く人々へ適当に手渡されていく。 彼等はそれを頭から覆い、風に運ばれてくる火の粉から身を守った。 染液を運ぶための荷車には、仕事とは関係のない食料品や武器が詰め込まれる。 それを持って山へ登り、どこへ行こうというのか…… マナは初めて王城の方角へ目を向けた。夕焼けと思っていた茜空は、炎の色だ。空が燃えているわけではない、城が燃えているのだ。 立ちのぼる黒煙。真っ二つに折れた塔。そこにしがみつくシルエットは、翼を持っているが鳥ではない。 「……竜」 夢でも見たくない光景だ。
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