八章/古傷

8/18
前へ
/503ページ
次へ
「マナ!!」 「……ケリーさん……シェリルちゃんは無事ですか!?」 「えぇ、それよりも塀が崩れ落ちて居住区の出口が塞がったの……ッ……まだ中に人が!!」 「ッ!!」 萌黄色の前掛けを外し、それを赤子を抱く母の肩に結びつけた。王城の裏とはいえ、風向きは騎虎隊の居住区だ。黒煙、火の粉、降り積もる灰。それから母子を守る術が他にない。 居住区の入り口は崩落した壁によって完全に塞がれていた。瓦礫の上に登って救い出そうと試みる者もいるが、軍人が四つん這いになって登るような足場に、赤ん坊や幼児を連れた母親が踏み出すのは難しい。 瓦礫をどかすにしても、それでは時間がかかりすぎる。火の粉は救出作作業する人間の背中を焦がし、目を開けているだけでも痛みで涙が出た。灰に咽せ、子どもは泣き声をあげ、助けを求める母親の声がそこに混ざる。 すぐそばには夫が、父親がいるにも関わらず、彼等は妻子を助けに向かうことも出来ない。 彼等はせめて火竜を妻子に近付けないように、命を賭して最前線で戦っている。たとえ助けを呼ぶ声が聞こえても、目の前の竜から目を背けるわけにはいかなかった。
/503ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加