一章/風の行方

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案内された小屋の中には、色とりどりの布が天井から吊されていた。赤は赤でも紅、朱、茜。牡丹に臙脂……絶妙な色の変化が無限に広がり、入り口から吹き込む風で色がたなびく。 見上げるマナは目を奪われ、後方に倒れる体を「オイリ」と呼ばれた若者が支えた。 「ここは染色工房だ。分かるか? 白い布を別の色に染め上げて、仕上げた布は城の中で使われている。軍部の服も官服も、食堂のカーテンからテーブルクロスに至るまで何もかも、ここから色が作られる」 「色、いろいろ!」 「うん、色々だ。先生は自ら染料を探しに、国全土を歩き回っているんだよ。さて、と……流石に君に合う作業着はないな……」 「あか! あお! きいろ! みどり! これもみどり! これ、これは……」 優しい萌黄色はアルトの色だ。思い出した優しい兄の色。途端に胸が寂しさで埋まり、マナは萌黄色の布を引っ張り下ろした。 今、アルトはどこにいるのか。どうして自分を置いていってしまったのだろうか。考え始めると涙が溢れてきて、萌黄色の布に顔を押しつけた。 「その色が気に入ったのかい?」 「……これ……これ、マナ、もらう」 「うん、ならその色で君専用の前掛けを作ろうか。紐を通してあげるから、そこで少し待っていなさい」 マナを作業台の上に座らせると、無造作に放置された道具箱の中から針と糸を持ち出して、オイリは何やら作業を始めた。
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