《 四 》

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 彼女は世界を渡り歩く者であった。ひとつのところに留まることを許されない彼女は、この世界の本当の住人ではない。  「見届ける者」という名を持つ彼女は今、同じ姿を持つ本当の彼女から身体を借りている。  課せられた見届けるべきことを見届けたら、彼女は次の世界へ旅立ち、また同じ姿の他人に身体を借りる。  それが、彼女が棄てられなくて逃れられない宿命であった。  彼女が記憶と共に身体を明け渡せば、彼女は彼の知っている彼女ではなくなり、その時、彼は哀しむだろうか。どうかがっかりしないでほしい。  自分とは全く性質の違う本当の彼女は、彼を美しいと感じるだろうか。   本当の彼女が戻って来たら、彼に美しいと彼女に言ってほしい。美しくない自分の代わりに、本当の彼女に美しくあってほしいと勝手に願う。  彼女は身体を借りるために入れ替わってもらう時、美しくない自分の傷跡が身体にあったら可哀そうだと思い、本当の自分の体からきちんと持ってくる。  消えない、消せない傷跡ばかりだったから、きちんと自身のそばに置いておく。まるでそれは彼女にとって美しくない戒めだ。  初めて彼女は美しくない自分を哀しいと感じて憐れんだ。彼は、彼女の知る美しいものの中になかった、新しい美しいとして存在し始めてしまった。  彼女はあとどれくらい彼と居られるのかを知っている。最後の時まで、美しい彼に美しくない自分を知ってほしくないと願う。
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