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《 五 》
女に困ることがない彼は、特定の女を求めない。
もし、一瞬でも、相手の美しくない一部を覗いた瞬間、美しさへの幻滅が激しい。
隣人はきっと違う。それは彼女を愛して止まない彼の幻想であるかもしれない。それでも一番美しいと心を奪うものは隣人である。
彼女の持つ美しい毒に侵されている感覚がある。その毒が自分を殺すものでも喜んで受け入れよう。
こんなにも惹かれるものに出会ったことはいつ振りであろうか。
彼は本質的な美を求める。裸体が一番美しい理由は、その女が持つ本質的な美に触れることを求むからだ。たとえそれが自分の主観から生まれる幻想だとしても、その瞬間に美を感じられれば満足である。
言葉を紡ぐという行為を彼が始めたのは、美しいモノを愛する自分の本質を見つめるためであった。
彼は、自分の美しいと感じるモノへの感覚を言葉で吐き出す為に書き続けていると言っても過言ではない。
自分の作品は自分の美しいと思うモノで占められ、彼は駄作と言われようと名作だと言われようと、自分の作品を酔いしれるように溺愛している。
美しい隣人が好むモノは、彼の作品の中でも一番美しく描けたと自負しているものであるが、一番売れなかったものでもあった。
出版元は失策だったと嘆いたかもしれない。しかし、一冊も売れなかったわけではない。少数の誰かは、自分の美の感覚を捉え感じて共感を抱いたかもしれない。
美しい彼女が美しいと言ったかの作品に対し、あれは本当に美しいだろうかと言ってしまったのは、自分の美しい感覚以上に彼女は美しい感覚を持っていると思ったからだ。
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