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隣とを仕切る壁際に向かい、背をもたれて座り込む。
彼の声が何度も頭の中に思い起こされ、脳内に響く。彼女の胸中を彼への情欲が占めていく。心臓に一番近い場所に手を当て、揉んでみると、何度も吐息が漏れ、自分自身にひどく煽られる。
哀しみを忘れるために始めた慰めが、こんなにも自分の感情も感覚も剥き出しにするとは思いもしなかった。
堪らず、濡れきった部分へ手を這わせると、生めかしい音と熱い感覚に身体がびくりと跳ねた。
そのまま彼女は達するまで指で自身を慰み、堪えきれない声が壁の薄いこの部屋から隣の部屋へ届くことを願ってしまった。
壁のすぐ向こうに、今彼が居るかなどわからないけれど、もしかしたら近くて遠い壁の向こうに彼が居るかもしれない。この声を聴いてほしい。彼女に彼が「声と話し方、綺麗で好きだ」と言ったことがある。せめて、彼にとって綺麗であるらしいこの声だけでも、彼の中に美しく響かせたい。
そんな風にしか、彼女は自分の気持ちを晒す方法が見つけられない。
だから声が漏れたと気付くと、声を我慢することが出来なくなった。
しがらみの多い彼女はいづれ彼の前から去る。布団の上に放り投げてある、普段なら縛られるように身に着けている古びた懐中時計が、終わりの時を永遠に数える。
急に部屋の中で懐中時計の刻む針の音が響いて聴こえた。これはおそらく彼女への警告だ。意思を持つように懐中時計は時を刻む。
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