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情の話ー8
「何?」
ぽつん、ぽつんと落ちるのは雨なのか、自分の涙なのか判断に一瞬迷う。
絶対そうだと思う心と、それを全否定する気持ちと。人を好きになるということは揺れ動く振り子のようだ。確信と不信の間を常に彷徨う。
見上げると、空が持てきれなくなった重い荷物を投げ出すように激しく雨が落ちてきた。この季節にしては思いのほか冷たい雨粒は、容赦なく三宮の体を叩く。
だが、回廊に戻るつもりは三宮にはなかった。
そんなことより、
「キサに会いたい」
そう口に出すと、もう止まらなくなる。思いが、ままならない体を追い越してキサヤを求める。
早く、早くと、誰に急かせされるのか分らない。ただ、早くと。
「キサ」
三宮が部屋の扉を開けると、長椅子に伏せていた人物が弾かれたみたいにこちらに顔を向けた。
「索冥さま」
声と同時に転びそうになりながらキサヤが三宮にぶつかるように抱きついて口を塞ぐ。そしてびくりと体を震わせた。
「索冥さま、すごく冷たいです。風邪をひいてしまわれます」
続いてもっと貪ろうとした肩をキサヤに押され、三宮は自分がびしょ濡れなのに今更気付いた。
「キサも濡れてしまったな、すまない」
「すぐ体を拭く綿布と着替えを用意しますね。濡れたものはお脱ぎください」
三宮が自分で髪を拭き、キサヤが綿布を持って体を拭いていく。
「早くこれを着てください」
三宮は、差し出した夜着に袖を通しながら、濡れたものを一まとめにして運び出そうとするキサヤに声をかける。
「キサも濡れたろう? 脱がなきゃ」
「わ、わたし?」
そうそうと三宮がキサヤの服を脱がしにかかる。
「自分でできますから」
それに脱いでもここにはキサヤの着替えなんてない。
「あのだって……」
「一人だと寒いんだ。一緒にいて欲しい」
三宮の手がキサヤの手を掴む。冷たいはずなのに熱い。熱いのは自分の方なのだと気付いてまた、体が火照る。
話をしなくてはと思う表面の自分と、話なんてどうでもいいと思っている本当の自分。
「索冥さま、あの……」
「今すぐ抱きたいんだ、キサ」
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