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始まりー2
だが化粧などしたって誰も見ないのにとキサヤは思う。
どうせ自分が皇子にお目通りなんてしないだろうに。頭からすっぽりと薄い布を掛けられて並んだところで自分はお役御免だ。
今生帝への挨拶や、三日は続く宴にも出ることはない。
だけど、これで故郷の家は潤うのだから良い親孝行になる。
今年十六歳になる地方豪族の次男坊、キサヤは白塗りの女官たちを気にしないように天井に目を向けていた。
キサヤだって男だ。妙齢の女たちに裸に剥かれて触られると体、特に下半身が反応しそうになって仕方ない。
その方面では奥手だったせいで女の子の家に夜這いに行ったこともない。まあ、今回はそこが功を奏したのだが。
花嫁としてはとうが立っているキサヤが選ばれたのは、その容姿が美しかったことに加えて身が純潔だったせいでもあると聞いた。
検めの侍従の一行の中にはそういうことを見る目が確かな術者がいるらしく、嘘をついた少年たちはことごとく鞭打ちされて放り出されたらしい。
しかし、地方など娯楽も限られている地方において男女のまぐわいに勝る娯楽は無い。だから、少女も少年もまだ毛が生え揃わぬうちから経験していることが多い。
そのため、美系で純潔な十代の少年の貴重さは大変なものだった。親の監視のもと二十代にもなって童貞というのも地方の貴族ではままあることだ。そこまでしても皇子の婚姻に時期が合わなければ仕方ない。
「彩姫さま、お出ましになられませ」
長い時間待たされたキサヤはその名前が自分のこととは思えず、聞き返した。
「彩姫?」
「喋らぬようにと申し上げました。儀式の間は季彩さまは妃として彩姫と唱されまする」
そういうことかと頷くとキサヤは磨かれた鏡のように光る長い廊下を歩かされた。
「お止まりを。皇子さま、正妃さま、次妃さまがお見えになりました」
後ろから女官がささやく。はっとしてキサヤは立ち止まる。本来なら立っていることなど許されるはずは無いだろうが、今晩は形式だけとはいえキサヤも妃の一人ということで立礼が許されていた。
長い袖を合わせて礼をする。布を被っているので端から皇子や正妃の顔などは見えない。ただ、凝った刺繍がびっしりと刺してある靴が長い漆黒の上着からのぞいているのが見えた。
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