新しい駅。

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「はい、そうです。  あちらの試着室でお着替えいただき、  台本も読んで役どころもちゃんと頭に入れて下さいね」 衣装を取り出すと、ヴィンテージもののスーツなど上下一式入っていた。 袖を通してみると、サイズもぴったりだ。 台本を見ると、脇役のようだ。 自由席だからこんなものなのだろう。 多少動きはあるものの、セリフは一言で楽勝そうだ。 「お客様、お着替え終わりましたか? ちょっと失礼します」 駅員がやってきて、ガチャガチャと、腰回りにベルトのようなものを装着された。 「これは?」 「吊り革を改良した安全器具です」 「安全器具? えっ、なんか危ないんですか?」 「いえ、ちゃんと演じていただければ大丈夫ですが、念のためです」 ベルトに長い紐を結びつけ、駅員が紐を握っている。 なんとも怪しいが、それよりも、ふと大事なことに気づいた。 「そういえば、どうやって、映画の世界に行くんですか? 電車もないですよ」 駅員の白い手袋が、ゆっくりと前方を指し示した。 「こちらのスクリーンが車両です」 目の前には、1枚だけの巨大な真っ白いスクリーンがある。 「こちらのスクリーンが映画の世界にお連れしますのでご乗車下さい」 「これ、大丈夫なんですか?」 “プルルルル…  まもなく、3番スクリーン  ヒューマン路線『ボヘミアン・セレナーデ』行き出発となります”  発車のアナウンスが鳴り、俺は決意した。  スクリーンに飛び込むと、すっと、体が溶け込んでいく。 “駆け込み乗車はお止め下さい。次の映画をお待ち下さい”
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