(二)

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 中学時代に、愛読というより狂気に近い思いで読み漁った芥川龍之介が思い出された。その作品群ではなく、その死に様が彼に遅いかかってきた。ぼんやりとした不安に坑することができなかったと書かれた遺書の文言が頭をかけ巡った。  両親の離婚という不遇に遭ったとしても、母親に「父親に捨てられた子」と夜ごとに詰られたとしても、彼の将来がすべて崩れ去るわけではない。(ぼくはぼくだ)との思いを常に持った彼だったし、(神さまはぼくの味方だ)と言い聞かせてきた彼だった。  自殺の真似ごとをして母親に彼の孤独感を訴えた折も、神さまは彼の味方をしてくれた―と彼は思っている。母親が不眠を訴えて、かかりつけの医院から受け取っていた睡眠薬をすべて飲んだ彼だった。  しかしその薬は母親の自殺を懸念した医師によって、万が一に処方した全量を一どきに服用したとしても最悪の事態は避けられるだけの量に調節されていた。己だけが苦しんでいるのではないと気付いた母親は自責の念を抱き、号泣しながら彼を抱きしめた。  とそのときに、彼の中のなにかが弾けた。母親に抱かれた彼はただの肉塊となり、透明な彼が(くう)に出現した。「ごめんね、ごめんね」との声にも透明な彼は何の感慨も持たない。ただ見下ろすだけだった。冷徹な視線を投げかけるだけだった。(今さら…)。そんな思いだけが彼の中に残っていた。
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