(三)

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(俺だって○兵が安いということは知っている。だけど……) 「俺が安く買うという事で、小売りに問屋そしてメーカーの全てで利潤を圧迫することになる。そしてそのことで社会全体の利潤が少なくなり、巡り巡ってうちの会社の利益低下を招く。そしてそれは、俺の給料に影響してくる。だから○兵はやめた」と、岩田に言い張った。  実のところは、その眼鏡店に美人の店員が居ると噂に聞いたことからなのだが。しかし、噂はやはり噂だ。 「お待たせえ!」という声に、体中を緊張感が走った。すぐにもふり返りたい思いを抑えて、「思ったより早かったね」と、ゆっくりと体を回した。貴子が一人だけで手をふっている。話が違うじゃないかと落胆の色を見せる彼に対して 「心配しないの、真理子ちゃんはお買い物中。お弁当は作ったけど、デザートの果物が欲しいんですって。あそこのスーパーで待っている筈よ、心配ないって」  と、苦笑いしながら車に乗り込んだ。 「別にそんなこと……」  と、不機嫌に口を尖らせた。大きな音を立ててドアを閉めて車に乗り込むと、力まかせにギアを入れて発進させた。  暖機運転はしっかりとしている筈なのに、今朝のエンジンは機嫌が悪い。ヨタヨタとした走りで少しもスピードが上がらない。不本意ながら、チョークを一杯に引いた。エンジンが急激に元気になり、スピードが乗った。ところが少し走ってすぐにエンストしてしまった。駐車場から公道に出る直前だったことが不幸中の幸いだった。平日ほどではないにしても、車の行き交いはあるのだ。今も一台の車が通り過ぎた。 「なに、どうしたの? 下手ねえ。もっとスムーズに運転してよ。点数、下がるわよ」  眉間にしわを寄せて、貴子が注文を付ける。(あんたの体重のせいだよ)と、心の中で悪態を吐きながらも「はいはい、お言葉通りにしますよ」と、答えてしまった。
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