(一)

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(仕事で使う車が軽自動車だということだよ。出足・加速・クッション、全部最悪なんだよ。まったく腹が立つ。何だそんなことかなんて言われたくないね。一日中車に乗ってる身にもなってみろよ。へたすると昼飯だって、パンをかじりながらとかおにぎりをほおばって走らせてるんだから。その上に、車の乗り方で上司にねちねちと小言を言われているし) 彼にも言い分はある。荷物のさばき量は彼が一番だ。しかしそれを口にしては経費がかかりすぎだし、事故らないかと気をもませられると、更にお小言を頂戴してしまう。確かに交差点での発進でゼロヨンスタートまがいにアクセルを噴かすことはある。角を曲がる折りにもタイヤを軋ませながら速度を出来るだけ落とさずに曲がろうとする。けれども事故の経験はないと胸を張る。そんな時に必ず引き合いに出されるのが、彼がマジメ人間だと称する岩田のことだ。丁寧な仕事ぶりが主任に評価されているが、若者らしさがないと彼は思っている。 昨日のことだ。珍しく岩田との車談義になった。性能云々ということではなく、無謀運転だと岩田には映っている走り方についてだ。 「罰金に、下手をすれば免停だよ。大損じゃないか」と諭すように言った。噛み合わない会話だと知りつつも、なんとかへこましてやろうと、ムキになって反論する彼だ。 「あんたのような模範生じゃダメだ。この気持ちが分かるはずがない。追い越しなんかで意地悪されるだろ」 「そんなことはないさ。ちゃんと、交通法規通りに走っているんだ、大丈夫だよ」 「分かってないな、法規なんて破るためにあるんだぜ。ポリスという職業がある以上、誰かが違反しなきゃ。そうでなかったら、ポリスさんたちの存在意義がないだろうが。我々青年はだ…やめた。あんたにこんなこと言っても始まらない」  いつもこの調子で口論となる。朝などにこれをやると一日が重苦しい気分になってしまう。ただ単に朝の声かけだけで済ませてしまえば、口論などになることはないはずなのだ。なのにどういうわけか……。  同世代は、この岩田という青年のみだ。殆どが三十代以上の社員たちだ。なので必然彼と岩田が近づいてしまう。しかし彼は岩田が嫌いではない。口論にはなるが会話自体は楽しいものだと思っている。石部金吉と称される岩田が、彼は気に入っている。
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