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部長の受領サインを貰えば済むのだけれども、やはり待つことにした。岩田の言が頭から離れず、といって信じられないという気持ちもまた消えずにいた。昨日も一昨日も顔を合わせているけれども、岩田の言う素振りは一度として見たことがない。好意を持たれていると感じたこともない。だけど…と思ってしまう自分が情けなくもあり可愛くも感じる。
仕方なく、窓から外の景色を眺めた。相も変わらず激しく渋滞しながら、車が行き交いしている。車の保有台数は、全国的にも多いと聞かされている。家内工業が多いせいだろうと、教えられた。だから運転には気を付けるようにと、毎日の朝礼で訓示される。
(車が半分に減ったら、確実に事故が増えるぞ。減ることはないって。岩田は減ると言うけど、絶対に増える。、車が多いからこそスピードが出せないんだから)
そんなことを考えていると「ホント、車が多いわね。半分くらいに減ったら、事故も減るでしょうに」と、本田が近付いてきた。背筋に水が流れた直後のように背筋を伸ばして「そ、そうですね」と答えてしまった。
何と言うことだ。実に情けない。裏腹のことを答えてしまったと、自分に腹が立った。しかも、卑屈にもうろたえてだ。昨日までは何も意識していなかった彼女の存在が、今はドギマギさせる。伝票にサインをもらうと、それ以上の言葉を交わすでもなく、そそくさと店を出た。
本田は、美人でもなければ不美人というわけでもない。彼の好みかといえば、そうでもない。というより、彼には好みそのものがない。年齢は不確かだけれども、彼よりは上だ。といって年上はいやだ、という気持ちはない。彼にとっての異性は漠然としたものであり、実体がないのだ。
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