(二)

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 生まれてこの方、女と名の付く人種との会話といえば母親ぐらいの彼だった。  幼児期は「人見知りの激しい子でして」。  小学生時代には「恥ずかしがり屋さんで困りますわ」。  中学に入ると「愛想のない子でして」。  そして高校時代に、唯一訪れた機会を失ってしまった。通学時にバスが同じになる女子生徒が声をかけてきた。ただ単に「おはよう!」という声かけだった。「おはよう」なり「ああ…」と返すだけでも良かったのだが、突然のことに頭が真っ白になり、返事をすることもなく横を向いてしまった。  彼としては悪口雑言を浴びせたわけでもなく、少しの邪険な態度をとっただけじゃないかと思っていた。しかし女子生徒にとっては、衆人環視の中で受けた屈辱でありいたたまれないものだった。わっと泣き出してその場にうずくまってしまった。以来、彼に声をかける女子生徒はいなくなった。    外に出ると、空はカラリと晴れ渡っている。ジリジリと刺すように日差しが届いている。突然に、車に乗ることに嫌悪感を感じた。(仕事なんかやってられるか)という思いが湧いてきた。これまでにも仕事を投げ出してしまおうかと思ったことはあった。  しかしそれをすれば会社をクビになることは自明の理であるし、それ以上に社会からの脱落を意味すると分かっていた。それより何より、なぜ今、そのような気持ちに襲われたのか、言いようのない不安に胸が押しつぶされそうになっているのはなぜなのか、そのことの方が彼を苦しめた。
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