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「お前は馬鹿か」
呟いた声が掠れて頼りないほどに小さかったのには気付かないふりをした。
心がからからに乾いて涙も出ない。自分はここまで無感情な奴だったかと自省して、ああやはり自分はこういう奴だと思った。喉が締め付けられ、大きな手で胸を圧迫されている様な感覚に陥る。あいつの手は大きかった。大きくて、温かくて、いつも優しかった。もう触れることは出来ないのか、そうか、とただ手紙を見詰める。息を大きく吸い込んで足元を見た後、目を閉じて空を仰いだ。
戻らないと分かっている人間のことを思い出すのは辛いことだと知っているのに止められないのは、辛いと思う前に彼の姿が鮮明に浮かんでしまうからだろう。目が合った瞬間の彼の表情や二人にしかわからない言葉や動き、腰に腕を回される安心感、抱きしめられたときの匂いや温度、自分のものだと、思っていたのに。彼は僕のもので、僕は彼のものだと。彼には伝わっていなかったのか。
僕はあなたに会うまで、他人に傷つけられることは絶対に無いと思っていた。
どれほどのことをされても自分は絶対に汚れないし汚されることはない、と。
それがどうだ。この体たらくは。
あなたは僕を傷つけたと言ったな。僕を愛しているが、あなたのことは忘れてくれと言ったな。僕が僕自身の幸せを見つけることを応援している、と。
教えてやろう。
僕自身の幸せとは、あなたなのです。
あなたに会いたくて、あなたが欲しくて、今僕は泣きそうになっているのかと、無感情な奴だという自己認識を覆される羽目になってまで、いま、あなたにあいたいのに。
忘れてくれと言うことで僕が傷つくとは微塵も思っていないあなたが、僕は好きなのです。愛してしまったのです。
思慮の浅いあなたのことだから、僕にとってあなたがどれほど大事かということになんて気づいていないのでしょうが、僕はあなたを愛しているのです。
伝える手間すら惜しんでしまったことを悔やみながら、それでも愛しているのですと伝える為に、僕はあなたに会いに行きます。
精々僕から逃れなさい。何処までだって探しに行きます。そして伝えなければならないのです。
僕はあなたを愛していると。
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