それは10円玉よりも高く

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 落ち着きを取り戻した私の前には彩りが戻ってくる。赤と緑を基調とした景色を見て、こんなにも艶やかだったかなと思う。パッと広がる視界は先ほどまでの世界が、まるでセピアカラーだったかのように錯覚を起こさせた。そんな景色を私はふらふら歩いていると、催し物会場にたどり着く。普段気にも留めてない場所だったものの、有名な陶芸家の展覧会という案内を見て、私は心引かれた。 私には陶芸の事はよく分からない。でも、そこにある器は素晴らしいということはわかる。それは形が、それは紋様が、それは色合いが、素晴らしい。けれども、欲しいとは思わない。どうしてだろう。ふと、作品紹介の欄を見ると、かの有名な陶芸家は料理人だったらしい。例えば、今の前にある平皿はきっと魚料理があったにちがいない。ああ、と私は呟く。わかった、この物足りなさが。目の前の皿や碗、壺には、引き立てる物がない。この平皿には、料理が置かれていない。料理を引き立てるために作られたこの皿は研かれ、美しい姿ではあるものの、本来の輝きを失って、今やただの陶片と成り果てた。料理人が目指した形はどこかに忘れ去られ、私の財布の中の10円玉と同じ、形と信用に飾られたものになってしまった。美術品としてならいいのかもしれないけれど、本来の用途で使われないものに、本来のものとしての価値はない。だから、最期まで使ってあげられるものが私は欲しかった。私が気がつく。私は、展示会場を後にすると、茶碗を買いに店に向かう。堂々巡りの果てに行く先は、もちろん……。
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