1.猫探し

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 聞き覚えのある声と馴染みの名前に僕は目を瞬いた。ミモリと呼ばれた彼が振り返った先には、やはり見慣れた顔がある。  僕に気付いたその人は僕と同じ反応をしていた。 「ヒカルくんじゃないか」 「お疲れ様です、ニシナさん」  僕は軽く頭を下げる。  ミモリさんは僕とニシナさんを交互に指さして戸惑っていた。 「え? え? ニシナさんのお知合いですか?」 「前に話したろ。友人の息子の一人だ。彼の兄は上京して新聞社の支店を任されている」 「ああ! それで見覚えのある社名だと……」  僕の名刺を見て手を打つミモリさん。ニシナさんは門柱に寄り掛かって辺りを見回した。 「こんなトコで何をやってるんだ? またハクヤ君の同人誌のネタ探しか?」 「あ、いえ。アレは僕も手伝いません」  兄さんの作っている同人誌と言うのはまあ、僕からすると大層な色物なのでついていけない。アレは兄さんが趣味で空いた時間に、文字通り同志たちに向けて発行している物だ。  僕は手を振ってミモリさんにも見せた猫の人相描きを渡す。 「トバリさんに猫探しを手伝わされています」 「猫探しだぁ?」  トバリさんの名前を出した途端にニシナさんの眉が吊り上がる。 「アイツがそんなしょっぱい仕事を請け負うはずがあるまい。また変な事件に首突っ込んでるんじゃないだろうな?」 「ああ、いえ。僕も雇い主の方と顔を合わせましたが、とても良心的な方です。報酬もそれなりの額でして。どうやら、トバリさんの知り合いから紹介があったようでした」  ニシナさんが疑心暗鬼になるのも仕方ない。あの人は他人への奉仕の心なんて全くないし、何より性根が腐っている。さながら賞味期限切れの魚の缶詰だ。 「あんな奴の仕事をどうして君が手伝っているんだい?」  ミモリさんも苦虫を噛んでいる。何か嫌な思い出があるんだろう。想像に容易い。僕は猫の人相描きを眺めて息をついた。
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