新しい〇〇

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 その日の学校終わり。バイトへ向かう海星は電車に乗っていた。隣には美月がいた。当然、バドミントン部は練習している時間。隣の美月は瞼を閉じて、海星の肩に頭を乗せている。肩が触れ合う左手は海星の太ももに置いていた。海星がその上に手を重ねても嫌がることなく受け入れた。いつもだったら人前で見せつけるような行動は、するのも見るのも毛嫌いしていたのに。 「ここで降りるから」  バイト先の最寄り駅は美月の降りる駅の一つ手前。駅名を繰り返すアナウンスをきっかけに美月へそう告げた。 「明日はデートに行こうね」  別れ際の美月の言葉。海星がバイトへ行かずに今日は一緒にいようって言葉が浮かんだ時には、電車のドアが閉まっていた。  それから海星のコンビニのバイトが終わったのは21時。着替え終えてコンビニを出ると、電話で美月から部活を辞めると告げられた。電話越しに聞こえてきたのは、美月が寝返りをうつたびに軋む2段ベッドの音と、おそらくスマホの動画を見て笑っている妹の笑い声。深刻な話なのに美月は、いつもと変わらない眠たそうな声だった。  美月が部活を辞めるのは1か月後の3年生になってから。部の伝統として、3年生の時点でBチームの選手は、学業に専念するために引退する決まりがある。美月は能力的にはAチームでも、怪我によって練習すらできない状態。しかも側弯症という怪我は完治するもではないらしく、1年以上の治療も結局、再発してしまった。もう同じ期間を待つ時間がないのだ。  突発的に退部を選んだわけではないし、今日休んだのも治療のためだと美月は言った。もう吹っ切れたからと聞いてもいないのに海星に伝えた。それは心配されることを拒んでいる証拠。ただ、電話の切り際に、好きだって言葉を求められた。 「好きだよ」  素直に伝えると、私もだよって返ってきた。電話が切れて夜空を見上げた。星を遮る雲はなかったけれど、満月の前を取り残された薄い雲が駆け抜けるように横切った。明日は土曜日。きっと晴れるだろうけど、風が強そうだなって思った。
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